江戸時代初期青梅街道が整備された時当家の位置には休息所(お茶屋とも蕎麦屋ともいわれている)があり、その裏手に現在の大きさで存在したそうです。当時の青梅街道は幅6.5m程の道路で現在の中央2車線分でした。街道の周囲は、樹木、雑草が生い茂り整備された1里塚ののような休息所は貴重であったようで、この松の木陰で疲れを癒したそうです。
このような経緯から、樹齢は少なくとも400年程度と考えておりました。 しかし当家のビルの建設に伴い松を移転する為(西に4m程)根鉢を創った所実はこの松は今でいう盆栽が大きくなったもの(根の形状より)であることが判明しました。従って樹齢はおそらく400年よりもだいぶ古いと想程できます。
ビル新設の移転工事の際、請負業者の選定で苦労しました。なぜなら黒松でこの規模の松の移転は、数例しかないとの事でした。具体例をあげると桂離宮の黒松に匹敵するそうです。
現在の黒松は、数度の台風、ビル工事による枝の欠損のため、ふたまわり程小さくなっております。
はっきりした由来はわかりませんが、「千歳の松」「千寿の松」と言われていたそうです風水学によると黒松の下を通り、家の玄関に入る人は寿命が延びるといわれています。当家の先々代は、夫婦で90歳まで生きました。前を通行される方もそのような効能があると思いますので、足を止め松の下で少しばかり休まれると良いと思います。また通行人に聞いた話ですが、夜間にこの前を通ると輝いて見えることがあるそうです。
合資会社 苅田商店
苅田敏弘